ちゃらんぽらんじゃなさそうなプチ小説 2.ふたり

2.ふたり

お客様コールセンター。
「お電話ありがとうございます。
はい。お買い上げありがとうございます。」

聞き心地の良い、落ち着いた声の上、的確に答える沙耶の電話応対は会社内外部からの評判がいい。

「鈴木さん、今日もお褒めの言葉の葉書が来てるわよ。
 説明がとてもわかりやすく、明るくてとても気分が良かったって。何より、落ち着いた声がとても良い。ですって!」

「ほんとですか?嬉しいです。ありがとうございます!」

「あと、こっちは、前に相談した内容を覚えていてくれて、話しがスムーズに進んでとても助かった。
 オペレーターの鏡ですね!」だって。

沙耶の記憶力の良さも彼女の評判をあげるひとつ。

ってか、むしろ、一回見たり聞いたりしたら何でも忘れられなくてちょっと困ってるんだよね。

もー小学校の時間割なんて忘れていいのに。
月曜日から金曜日1時間目から6時間目までぜーんぶ完璧に覚えてる。

この記憶力、まぁ9割は人生においてお役立ちスペック。1割は私を悩ます頭痛と、数年に一度、突発的
に訪れる記憶欠落。

しかも、すごく大事な事を忘れる。

前回の突発的記憶欠落には何を忘れたのか…。
思い当たる忘れそうな大事な事は、覚えてる。
でも、何かぽっかり空いた記憶がある。

なんだっけなー?
あー頭痛くなってきた。

こめかみを押さえて頭痛に耐えていると、昼休みを告げるチャイムが鳴った。

ピコン。LINEだ。

あっ、あの人からだ。

『今度の金曜なんかはどうですか?』

金曜…。うん、大丈夫。すぐ連絡くれたんだ。
金曜かぁ。早いな…。
沙耶の顔が少し曇った。

 
『もちろん大丈夫です!よろしくお願いします‼︎』
 とりあえず返信。
本心はもう少しLINEの会話だけで良かったんだけど。

沙耶は心の声と真逆のLINEを打った。

『連絡もらえて嬉しいです』ハート…はまずいか。

ハートはやめて、嬉しい事は伝えた。

「よし。レストランリサーチ。」

匠は務める総合病院のカフェでコーヒーを飲みながらひとりニヤニヤしていた。

「なーにスマホ見ながらニヤニヤしてんの?
 なんかいー事あった?」

匠の肩に絡みつきながら、からかいネタに飛びつこうとしているのは、匠の幼なじみの杏。

彼女も匠と同じ、新米医師だが院内では信頼が厚く、勉強熱心な上にチャレンジ精神旺盛だからメキメキと力を付けている。

かつ、超ナイスバディと美貌。
ナイスバディなんて、今どき響きがなんとなく古い?のか?

とにかく、才色兼備。隣を歩くと、皆が振り向くのが良くわかる。

とはいえ、匠も杏に劣らないいわゆるイケメンに属する。
身長も高い方だし、ジムにも通っていて最近は割れた腹筋が自慢だ。

杏と匠が並ぶとまさに、ベストカップル。

院内でも公認…いやいや、俺はそんなつもりはないんだけど。杏も全然そんな素振りはないし。
男友達より気を遣わない良き友だ。

「なになに?珍しいね。
 匠に浮いた話しなんて。」

「うっせー。別にそんなんじゃねーよ。」

そんな事言いながらも、少し口角が上がってしまう。

また会えるのかー。ここは洒落たレストランでも探して…。

浮かれた匠の顔に影が入った。
ズギン。頭痛が走る。

「また頭痛?」

「あぁ。でも大丈夫。いつもの事だし。
 さ、戻らないと。」

「あんまり我慢しないでよ。
 一回診てもらったら?」

わかってるよ。無言で手を挙げ職場に戻っていく匠。

見送る杏…。

ピコン。

『ここ、うまいよ!行ってみる?』
匠が彼女にLINEしたとほぼ同時に、

『このレストラン、ずっと行ってみたかったんです。どうでしょう?』

彼女からもレストラン候補が来た。

『すげー。同時だったね』

おんなじ時間におんなじ事考えてた。
ははっ。なんかすごい。

匠はなんか、こそばゆいくすぐったい感覚を感じた。

自然に顔がほころぶ。

『じゃ、金曜は君のとこに行こう!
 次は俺の方ね!
 何時?車で迎えにいく。』

あ、次はとか入れちゃった。
次なんて馴れ馴れしいかな。

『ちょうど近くで研修会があるので、直で行きますね!
 じゃ、7時にお店でお待ちしてます。』

『了解!』迎えを断られた?事はスルーして気にしてない素振りで返信した。

「進藤先生、東山先生が探してましたよ。」

「あ、了解!今行きます。」

まぁ、研修会だからね。うん。気にしない気にしない。

『あー、焦った。車みたいな密室、絶対無理。』

実は沙耶、数年前から男性が苦手で、50センチ以内の距離を超えるとパニックを起こす事がある。
男性恐怖症だ。

男性恐怖症は、過去の何らかのトラウマが原因になっている場合がある。
沙耶もそれだ。

男性への不信感。恐怖。嫌悪感。

それでも匠に近づきたい理由が沙耶にはある。

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