ちゃらんぽらんじゃなさそうなプチ小説 4.温もり 1話

1話

「ねー匠、今日は休んだら?まだ顔色ちょっと悪いよ?」

 朝から姉貴がしつこくつきまとってくる。

「だいじょーぶだって!よく眠れたし、もうすっきり快調!」
 匠は何となく力こぶを作って、はにかんで見せた。

「わかったわよ。じゃー、病院まで送る。
 帰りも迎えに行くから。
 で、久しぶりにディナーでも行こうよ。」

 これ以上姉貴に、構ってると遅刻しそうだったので、 
 ハイハイ。とわざと短調に返事をして、姉貴の車に乗り込んだ。

 まったく、心配性なんだから。
 これじゃ、彼氏も大変だな。

 ん?今の彼氏はどれだっけ?
 同じ職場の同期の奴?
 いや、見るからに頭の良さそうな黒縁眼鏡の弁護士さん?
 あ ジムのお兄さんだっけ?

 まぁとにかく姉貴は恋多き女で、そのうち間違って
 そういえば付き合うの2回目!?とか被ってそうなスパンだ。

 とは、言え、彼女のすごい所はその都度その都度、
 その人をちゃんと愛せる事。
 心から好きになり、それを素直に表現できる。
 おそらくそれは才能と言って良い。  

 基本的に人が好きという事もある。
 人の陰口を言うのを聞いたことがない。
 
 だから自然に素直に人に心を開き、心を通わせられるのだと
 俺は分析、そして誰よりも評価してる。

 ちょっと上から目線だけど。

 姉貴に直接言ったことはないが、きっと俺のリスペクトは
 伝わっている。
  
 姉貴も俺を評価してくれてる。
 お互い尊敬し合える、良き姉弟なんだ。

 ま、そうは言っても、お互いじいさんばあさんになって、
 姉貴ばぁさんに介護してもらうのも、介護するのもごめんだ。
 早く嫁にいってくれよな。

 
 ピコン。

 バーナーを見ると、あぁ、アプリの広告か。
 クーポンとかが送られて来たりするあれだ。

 ん?

あっ。やばぃ。
 昨日彼女にLINEする余裕なくて、家まで送った後
 まったくの音信不通状態。
 ってか、LINEすら開いてもなかった。
 
 スマホの画面の右上にあるLINEに赤い丸があるか否か。
 
 LINE来てる?返信なくて怒ってるかな?
 もしかして、LINE来てないとか?
 それはそれで悲しい…。
 思わず目を閉じた。
 
 匠は恐る恐る薄めを開けてスマホをみる。

 赤い丸あり!

 よしっ!

 いや、いいのか?

 『すごく美味しかったし、楽しかったです。
 来週も楽しみ♡』

 来てるー!!
 しかも♡いる!

 匠は大声で叫びたい感情を必死で抑えて平静を装った。
 でもやっぱり溢れ出ちゃう感激が口角をあげてしまう。

 え?何時に来てるの?
 別れてすぐだ。
 部屋に入って速攻LINEしてくれたんだ。

 匠は慌てて返信しようとするが、なんて言えばいいのか?

 『昨日はありがとう。うちに帰ってすぐ寝ちゃって』

 いや、それじゃなんか私は睡魔に負けたの?ってなる?
 
 『昨日はありがとう。ちょっと体調悪くなって…。』
 なんか弱っちそーな印象。

 『昨日はありがとう。ほんと、来週待ち遠しい。』 
  よし、これでいこう。
  送信。

 あれこれ考えた割にはシンプル。
 でも読み返すと結構大胆なこと言ってる?のかも

 ピコン。

 沙耶のスマホのバーナーに匠からのLINEの通知。

返信きた。
 とりあえずLINEが来たという事は、安否は確認できたね。
 少しホッとする。
 私何かしちゃった?と不安な夜を過ごして、もはやもう、
 だんだん怒りに変わろうとしていた。

 さてさて、なぜ朝まで私のLINEを放置?
 
 
 『昨日はありがとう。ほんと、来週待ち遠しい。』
 
 え?これだけ?
 言い訳くらいしなさいよ…。
 でも…『待ち遠しい』かぁ。
何気に素直な気持ちを表現するひとだな。

 匠のシンプルLINEは成功だったらしい。

 「よし!がんばって働くとするか!!」
 
 「おっ。今日もやる気充分だねー!
  僕も沙耶ちゃん見習って一日がんばるわ。」

  万年リーダー止まりの、調子だけは良いおじちゃんに、一応笑顔をみせた。

 はいはい。がんばってくださいな。
 どーせ、パソコンの画面見てるフリして寝てるだけでしょ。
 たまにマウス動かして、起きてますよーアピール。

 みんな知ってるし。
 まぁいいの。逆に仕事されると、あーだこーだうるさくて
 めんどくさいから。

 大人しくしててくれるのが1番です。

 沙耶は自分でもちょっと嫌な部下かもと思いながらも、
 まぁ事実だし。と心で舌を出した。

 今日もせわしなくあっという間に時間が過ぎていった。
 子供の頃は、事務員さんって一日机に向かって何やって
 時間潰してるんだろ?なんて思ってたけど…。

 キーンコーンカーンコーン

 定時のチャイムが鳴った。
 まだやりたい仕事は残ってるけど、キリになった。
 ここで止めておかないと、何時間残業?くらいな
 ボリュームだから今日は、帰ることにしよう。

 「お疲れ様でした。」

 フロアを出て、出口に向かうと、
 あっ 雨の匂い

 やっぱり。
 空を見上げると薄暗くどんよりとした雲がかかっていて、シトシトと雨を降らせ始めていた。

 「えー今日降る予定あった?」

傘を持ってない沙耶は、はぁーっとため息をついて小走りに走り出そうとした。その時

玄関先のコンクリートが濡れていて、パンプスが滑り思いっきり転んでしりもちをついてしまった。

ズキン。

ついた手が痛む。

コンクリートは冷たいし、服は濡れるし、何より恥ずかしくて
立ち上がろうとしたが力が入らない。

もう一度踏ん張り立とうとすると、さっきまでのジタバタが嘘みたいに身体がふわっと軽くなり立ち上がれていた。

しかも、さっきまで容赦なく冷たく沙耶を濡らしていた雨も、一瞬にして止んだ?
腕の辺りに暖かい人の温もりも感じる。

「大丈夫?痛いとこどこ?」

沙耶は状況を理解できずに、声をたどって目線をあげると、なんと、匠が沙耶を支えていた。

「え?えっ?どーして?」

あまりに驚いて、声が裏返って沙耶は思わず顔を赤らめた。

「あ、なんとなくね。何してるかなーとか思って。
 さっき、電話したんだけど出なかったから。
 家の方向かってみたら。
 会社ここだったんだね。
 信号待ちしてたら、君が転んでた。」

匠がちょっと気を使いながら、優しく微笑んだ。

「それより、どこ?痛いの」

沙耶はハッと我にかえると、痛む手首辺りを見た。
明らかに腫れ始めている。

「これは痛いでしょ?骨やっちゃったかもしれない。
 病院いこう。すぐだから。」

沙耶はあまりの痛さに、うんうん。と頷くだけになってしまった。
見られてしまったのは恥ずかしいけど、正直助かったな。

匠はなるべく動かないよう…車にあった冊子を半分にして沙耶の手首を素早く固定し、車を出した。

「すぐだから。ちょっと我慢しててね。」

「はい。」

痛みと匠の優しい言葉に、ちょっと涙がでた。

そばにいる人に優しくして貰える。少し懐かしい感じを胸に感じ、安心感を覚えた。
駄目だ。この感情は癖になるから。
沙耶は温まりかけた心に急いで水をかけた。
沙耶は自分に言い聞かせた。
温もりに浸ってはだめ。

「はい。これで良いでしょう。
 今日は痛み止め飲んで早く休んでください。」
 
このドクターは匠の師匠、相澤。
40後半の今、医師として1番情熱も実力も持った男だ。

「しばらくは、不自由だと思うから周りの人に助けてもらってね。」

相澤は、わざとらしく匠を見て言った。

匠は相澤と目を合わせないようにして、お礼を言うと、深々と頭を下げながら半回転し、沙耶を連れてそそくさと退散した。

完全にからかわれてる。
いいネタを提供してしまったなこりゃ。

めんどくさそうにしながらも、ちょっと照れている自分がまた照れ臭かった。

「あの!ほんと、ありがとうございました!
 また助けてもらっちゃった。
 いつも迷惑ばっかかけて。
 ごめんなさい。」

沙耶が申し訳なさそうに頭を下げる。

「迷惑じゃないよ。
 たまたま2回俺が居合わせただけ。
 あ ストーカーじゃないよ?」

匠は、笑って見せた。沙耶は匠の優しさにまた、あの温もりを感じてしまった。

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