ちゃらんぽらんじゃなさそうなプチ小説 21.約束

沙耶は匠の家から一度も止まらずに走った。
怒りと、何故か涙が出てきて止まらない。
だから、余計息が苦しくて、ゼイゼイ言いながらとにかく走った。

ヒロは、ヒロはもういないのに。
なんであいつらは……何の罰も、痛みも何一つ受けずに生きてる?

あの子は、あの子はまだたくさんやりたい事もあったろうに。
もっともっと楽しいこと、したかったろうに。

悔しい。悔しくて喉の奥がキリキリと痛む。
もう声も出ない。

だけど、何だろ?もうひとつ自分に感情があって涙が溢れる。
何故か匠が頭に浮かぶ。

憎くてたまらないのに、なんで側にいたいって思う?
どうして今抱きしめてほしいと思っちゃうの?

匠から事故の連絡があった時、心配で心配でいれなかった。
そして……無事な顔をみて、本当にホッとした。

なんなんだろ。私。自分が真っ二つに切り裂かれるようだった。

憎しみと愛情……。

どちらも間違いなく、沙耶の心に存在している。

でも、やっぱり……

沙耶は来た道を振り返るなり、また走り出した。

匠に抱きしめて欲しい。
今、どうしても。また「大丈夫か?」って優しく撫でて欲しい。

さっきまでぐちゃぐちゃと色んなことを考えた頭ん中は、すっかり空っぽになって、ただ匠に会いたい。それしかなくなっていた。

あの角を曲がれば、匠の家だ。

もう少し。

家が見えてきた。明かりが付いているからまだ起きてるんだろな。
少しためらいながらも、携帯で匠に電話しようとしたが、その時匠と父親がリビングから続くウッドデッキに出てきた。

「最近、調子はどうだ?発作が起きることはあるか?」

「調子はぼちぼちです。特別良くもなく、悪くもない。」

「しかし、この間例の発作が起きてねぇさんが迎えに行ってただろ?」

「……なぜかわからないけど、クラクションとか、車とかバイクの爆音とか?そーゆーの聞くと酷く頭痛が起きることはあります。」

「バイク…。 そうか、心当たりはないのか?」

「いや、考えても思い当たらなくて……。」
ただ、見覚えのある公園で何か叫びながら泣きわめく女性の姿。
誰かもわからないし、いつの記憶なのかもわからない。
何故か時々その光景がふと頭に浮かんで、すごく悲しくなる。

あれはなんなんだろ……。

「そうか…。まぁ気をつけるんだぞ。無理はしなくていい。」
そう言って匠から背を向けた父親の顔は、深く息をついた。

沙耶の顔は表情を失っていた。
声もなくただ静かに佇んでいた。冷たい目をした人形のようだった。

「記憶がない?」

たしかに匠がバイクでヒロにぶつかった。
そして池に落ちた。

池に入ってヒロを探していた少年たちは、泣いていた。
ヒロがいないと泣いていた。

もちろん、ぶつけた本人ではないにしろ、一緒に乗入れ禁止な公園でバイクを乗り回していた仲間なら、だれが加害者になってもおかしくないから、少年たちはみんな憎かった。

でも、彼らは必死にヒロを探し、見つからないことに自分を責めていた。

例え処分を受けなくても、彼らの心の中の罪の意識は一生消えなく、一生背負って生きていると思うと、少し可愛そうな気持ちがほんの少し、沙耶の中にあった。

それなのに……。

「忘れたの?何にも覚えてないの?ヒロの存在さえ?」

沙耶の心はまた一気に氷に閉ざされるのだった。

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