ちゃらんぽらんじゃなさそうなプチ小説 34.父親

常に静かで、目を動かす時でさえその音が響き聞こえてしまいそうな無音のこの父親の部屋で、こんなに耳を澄ましても父の鼓動は聞こえなかった。

匠の、「俺は誰を殺した?」には、少し動揺したようだが、数分しか経っていない今はすでにいつもの父に戻っていた。

その代わりに匠の心臓は、今にも爆発するんじゃないかと思うくらいに激しく打ち鳴らしている。

『俺は…何をしたんだ?何故人を?』

問いただしたいはずなのに、言葉にならない。
口に出すのが怖いんだ。

着々と真実に、近づく。
それが、ものすごく…怖くてたまらない。

匠が冷や汗が出る額を拭うと、やがて父親が静かに口を開いた。

「あの男から、聞いたのか?」

匠の顔からますます血の気が引いた。

カタカタと震えて音を立てる歯が、匠の言葉を遮るが聞くしかない。

「お れ が、  人を殺  し  た。
 そう。言って  た。」

父親は、目を逸らせて言った。

「あれは、事故なんだ。仕方ない。あの子もあんなところに一人でいたんだし、仕方ないんだよ。」

「あの子…?」

匠は立っていられなくなり、膝からガクっと落ちた。

「あの子って。 子供ってこと?」

「幼い子供を?俺が?」

父親は遠くを見つめた。
その様子は、まるで他人事のように、なんの感情をもたない、冷たい表情だった。

「俺は…俺は今まで人を助ける為に医者を目指して、俺なりに一生懸命やってきた。
それが、助けるどころか、人を殺してた?しかも、小さい子供を?」

身体に力が入らなくなってきた。耳元で鐘を鳴らされているような爆音の耳鳴りがして、頭が割れるように痛い。

意識が飛ぼうとしている

心が壊れる危機感からの匠の、防衛本能だ。

スゥーと一瞬楽になったかと思った。

匠は意識を失った。

またシンと静まり返ったこの部屋に、父親のため息が落ちた
。床までもたわんで沈みそうな、重い重いため息だ。

「忘れてしまえばいいものを。」
匠の髪をそっとなでた。

タイトルとURLをコピーしました