ちゃらんぽらんじゃなさそうなプチ小説 14.少年

翌日、沙耶は仕事帰りに匠の病院に向かった。

「沙耶ー。会いたい。」
昨日の匠の言葉に胸が鳴った自分に罪悪感があった。

ごめん。ヒロ。

心は行く事をためらっているが、足は病院へ向かっていた。
これは、計画を実行しているだけ。
ただそれだけ。

くだらない気持ちは計画の邪魔になるだけ。
とにかく、匠を魅了する。愛されれば愛されるだけ、深く傷つけられる。

「そう。計画通りでしょ。」

沙耶はさらに足早になって、病院に向かった。

病院の敷地内の散歩コースのベンチで匠は沙耶を待っていた。

「沙耶!ここ!」

少し息切れする沙耶に、匠が手を振った。
ニコッと笑った顔が、明らかに疲れと悲壮感を隠し切れていない。

沙耶は匠の前に歩み寄って、なんのためらいもなく
「おいで。」
大きく手を広げて言った。

匠は一気に気持ちと身体の力が抜けて、沙耶に身体を任せた。

沙耶は、力一杯、そして優しく匠を包み込んだ。
もちろん、小柄な沙耶が匠を覆い切れるわけがないが、すべてを受け止めて、包み込んでもらった。
そんな安心感で満たされた。

「ありがとう……。5分でいいから。」

匠はふーっと息を着いて、目を閉じた。

「急速充電だ。」

♫チャラララン……
匠の病院携帯が鳴る。呼び出しだ。

「先生!敦也くんが!」

匠の顔色がまた一気に変わった。

2話

ショッピングセンターの事故の少年が運ばれてきてから、匠はほぼ寝ていない。

勤務時間が終わってから、少年のところへ毎日通った。

機械に囲まれ、命は生かされていた。
少年が目を覚ますことは、ほぼ無いだろう。
奇跡でも起きない……と。それほど絶望的なことは、匠も重々わかっている。

でも、生きて欲しい。母親のためにも。
そして、匠自身、幼くして命絶えるのを見たくない。母親の嘆き悲しむ姿を見るのは辛すぎる。

少年の母親が、清掃員の制服だろうか?疲れた様子で病室に入ってきた。

匠は椅子から立って、母親に座るよう促した。

しばらく沈黙が続いた後、母親が口を開いた。
感情がなく、ただ淡々と匠に聞いた。

「この子は……生きてますか?」

匠は何と答えたら良いのかが分からなくて黙ってしまった。

「この子は、生きたいのでしょうか?それとも……。」
「生かしたいとおもうのは、私のエゴなのでしょうか?
 この子の、気持ちが……母親なのに、分からないんです。
 目が覚めることは、奇跡でも起きない限りないと分かってます。
 その奇跡を……たとえ、1%の奇跡だとしても……それにすがりたくて、この子にこんなにたくさん機械をつけてる。

 ずっとずっと側にいて、手を握って、頭なでて、目が開く時を待っていたいのに、私はそれもしてあげられない。
 ひとりぼっちにしてる。
 働かなきゃ生かせてあげれない。でも、働いたら側にいてあげられない。

 もし、離れてる間に、この子を一人で逝かせてしまったら……
 毎日そればかり考えて。

 分からなくなるんです。

 この子、とっても優しいから。きっと私を心配している。
 私は、生きてと祈って良いのか。 
 この子はどんな想いで……いるのか。。」

少年は……植物状態という、きっと本人にとっても、母親にとっても辛い状態だった。

匠はただ……少年を見つめるしかなかった。

気がつくと、時計の針は頂上で重なり、そして新しい日を刻んでいた。
世界は時を確実に刻み、明日に向かって進むのが当たり前なのに。それが当たり前でない。

匠は病室を後にして、しばらくは毅然に歩いたが視線の先に沙耶の姿を見た気がすると、急に視界がぼやけて見えなくなった。
涙が溢れたらしい。

沙耶を探るようになんとか前へ進む。

ふぁっと、温かいものが匠を包んだ。

沙耶は黙って、匠の頭をなで、肩を抱いた。

匠は大きく息を吐いた。溜め込んだ感情をすべて吐き出すように、思いっきり。

すこし肩の力が抜けて、また、涙が溢れた。

「俺、かっこわりぃーな。」

「かっこ悪いのが、ちょっとかっこいいよ。」

匠は沙耶をぎゅーっと抱きしめた。
たまらなく愛おしい……そう思った。

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