事故の電話を、受けた沙耶は「大丈夫だから。」なんて言う匠の言葉なんて耳に入るわけもなく、1時間あれこれ考えたあげく、匠の家に向かっていた。
「ってか、自分が事故したのになんで私に大丈夫?って言うの?」
電話口での匠はいつもに増して穏やかな口調で、沙耶をなだめるように話した。
「ごめんな。沙耶。ちょい運転ミスっちゃってさ。でも木にポコってぶつかっただけだから。」
「バスケ行けなくてごめんな。」
「沙耶、大丈夫か?」
「何私を心配してんのよ。大丈夫?は私のセリフでしょ?」
沙耶は匠の家の前でぶつぶつ言って怒っていた。
怒りながらも、心配で涙が出るわ、早く顔をみたいわ忙しい。
はぁーっ。ため息をつくと、ふわっと車のライトが光った。
「匠くん?」
眩しくてうっすら目を開けた。
匠だ。
「怪我は?痛いとこある?」
今にも泣き出しそうで、声が震えたが、確かに匠がそこにいるし、ひどい怪我もしてなさそうで力が抜けた。
「誰だねそちらは?」
低くて、冷たい声がした。
明らかに歓迎されていないことが伝わる。
そして鋭い目。
沙耶に衝撃が走った。
さっき抜けた全身の力が呼び戻されて一気に頭の先まで硬直した。
あの時の……。
沙耶の記憶がみるみる蘇った。
あの日、ヒロが池で溺れた日。
少年たちは確かに、ヒロがバイクにぶつかったと言った。
間違いなく、そう言って泣いた。
でも、警察にあの人が来た数時間後には少年たちは釈放された。
何の罰も受けることなく、一言も謝罪もなく……。
そして警察官に告げられた。
「息子さんは自分で誤って池に落ちたのでしょう。
池の淵の石に乗って遊んでいたと言う目撃証言がありました。」
そんなはずはない。
ヒロは水がすごく苦手で、学校のプールも嫌いだった。
顔に水がかかるのが嫌で、真夏の暑い日でも水遊びはやりたがったことがない。
そんな子が、いつ落ちるかわからない淵の石に乗って遊ぶなんて……、あり得ない。
少年たちを探し当てて、何度も聞いたが、みんな答えは同じだった。
「よく覚えてない。」
決まってそう言って、目を逸らす。
あまりにも悔しくて、少年に怒鳴ってしまったりした為、今度は私が要注意人物とされてしまい、少年たちに近づく事も簡単には行かなくなった。
あの日警察署に来たあの人は、警視総監とかその位のすごい立場の人だったらしいが、何をしに来たのかは大体予想がついた。
あの人が……匠の父親。
沙耶の身体全身に鳥肌が立った。
ヒロを殺したのが匠。そして、その罪を揉み消してヒロになすりつけたのは父親。
私はこの親子に……。ヒロは……。
怒りで唇がガチガチと震えた。
息の仕方が分からない。
沙耶はライトが眩しいフリをして手のひらで顔を隠しつつ、精一杯の笑顔を作った。
「怪我が大した事無くて良かった。早く休んで。
私は帰るから。それじゃ。」
引き止められないように、振り返らず早歩きでその場を去った。
「今は悟られちゃだめ。落ち着いて。落ち着くの!」
匠は父親と沙耶に置き去りにされ、両方に違和感を感じながら家へ入った。