「綺麗な横顔……。」少し疲れてはいそうだが、落ち着いたようでスースーと寝息を静かに立てて眠る匠をみて沙耶が呟いた。
わたし、……何してるんだろ。
「ん……。」匠が目を覚ました。
「あ、ごめん。寝ちゃってたのか。ごめんな。」
匠は何かに少し怯えているように見えた。そして、これ以上踏み込むなと言わんばかりの『壁』を、出会ってから初めて感じた。
そう……。じゃ私がその壁崩すしかないね。
「この飛行機。これね、私の安定剤なんだ。」
沙耶はいつもカバンにつけて持ち歩いているキーホルダーを大事そうに摩りながら話し始めた。
匠は黙って話を聞いた。
「これに触れると、気持ちが落ち着いたり、逆に沈んだ気持ちをあげて励ましてくれたり。すごく大事な人が身に付けてたもので……これがその人の代わりにそばにいてくれてるのかなって。」
匠はもう一度沙耶の飛行機をみつめた。
沙耶は、匠の様子をじっと観察したが、飛行機を見て特別な反応はない。
ヒロの飛行機を見たら、何か思い出すかもしれない。そう思った。あの事故の日の少年たちは、ヒロのズボンの飛行機をみんな見ていた。きっと匠もだ。
自分の過去に関係することを話すのは、今まで絶対に避けてきたが、匠の記憶を呼び起こす為にはリスクがあっても仕方ない。
お願い。思い出して……。
「大事な人は……今はいないって意味?だよね?」
匠は躊躇しながら小声で聞いた。
「……。」答えようとしたが、突然胸がムカムカってして、強い吐き気がした。
最近どうも体調が、悪い。沙耶は急いで車から出て外の空気を吸った。
「どうした?大丈夫?」匠が心配そうに沙耶の顔を覗き込む。
「大丈夫。ちょっと最近胃の調子が悪くて……。胃もたれかな?なんか、気持ち悪いんだよね。」
ん? ちょっと待って? 沙耶はハッとして考えた。
「とりあえず、大丈夫だから。じゃ私このまま帰るね。またLINEするね。」
沙耶は慌てて車に乗り込んで、忙しなく匠に手を振った。
匠は呆然とそれを見送った。