ちゃらんぽらんじゃなさそうなプチ小説 28.記憶

匠は公園のベンチに座っていた。
バイク……仲間……。  飛行機……。
頭の中に霞んで浮かんでは消える情景。全体がぼやけてはっきりは見えないが、なんとなく分かる。
 
 自分の記憶だ。沙耶と紅葉を見に行って発作が起きたあの日から、ずっと記憶の糸をたどり続けている。

 4年前……たしかに何かあった。
ぷっつりと消えた記憶。何かあったから怪我をして入院していたんだ。

 父親には何度聞いても「大した事はなかった。」しか言わなかったし、一緒に連んでいた連れ達もみんな口を揃えて「バイクで転んだ。」
それしか言わない。でも決まってみんな、目を逸らす。
そして、それからほとんど連絡が取りにくくなった。
ただバイクで転んだだけ?

 じゃ何でお前ら泣いてた?なんか叫びながら、池に入ってたじゃん?

 匠は意識が薄れて行く中で、連れ達の様子を見ていた記憶はある。

 でも、それを聞いてもそんな事なかったと言われるだけだった。

 あの日病室で目覚めてからずっとモヤモヤして仕方ない。
一体何があったんだ?

 匠はあれ以来、色々な公園などを回っている。バイクで転んだのがどこだったかが思い出せないからだ。
とにかくそれっぽい場所を探して、記憶をたどる。

 もう市内はそこそこ回り尽くした。でも、何にも思い出せない。
その場所にたどり着けば、何か思い出すとはもちろん限らない。
本当に大した事じゃないから、記憶が薄いのかもしれない。

 だとすると、もう回った場所にその場所があったとしても何も感じずに終わったのかもしれない。

 失った記憶にいつまでもこだわる事はないのか?

 ベンチで頭を抱えていると、少し離れた池の方からボソボソと話し声が聞こえた。
気になって、声のしたほうへ向かったが、もう人影はなかった。

 ふと、下を見ると池の淵に小さな花とお菓子が供えてあった。
幼い子がここで亡くなったのだろうか……。なんとなく軽く手を合わせてその場を去った。

 「そろそろ帰るか。」つぶやいて車へ向かうと、見慣れた車があった。さっきは反対側の出入り口から公園の方へ向かったから気が付かなかったらしい?

 父親の車だ。
何でこんなところに?

匠は身を隠しながら近づいて父親の車を見た。
運転席に父親がいる。ひとりでこんなとこで何してるんだ?

少し迷うが声を掛けてみようか……もう少し近づいていくと、後部座席に誰かが乗っていた。

明らかに穏便な雰囲気ではない様子で、父親は後ろを向かず、後部座席の誰かもただ一点をみつめいる。かろじて口が少し動いているようだから、何か話しているらしい。

なんの密会だ?極秘捜査とか?

もう少し近づきたいと思ったところに、後部座席のドアが開いた。
匠は植木の影に隠れたが、ポケットに入れていたさっき買った缶コーヒーがガチャンと音を立てて落ち、コロコロとその誰かを目掛けて転がって行った。

足元に転がってきた缶コーヒーを、その誰かが拾い上げて、ニヤリと不気味な笑みを浮かべて匠に差し出した。

匠はその、何とも言えない雰囲気に背中がゾクっとしたが、平静を装って受け取った。
と、同時に運転席の父親と目があった。

匠…。父親は気づいたようで珍しく動揺が表情に出ていたが、何も見なかったように目を逸らした。

「すいません。ありがとうございます。」

不気味なその誰かは、父親に「じゃ!」と手をあげて去って行った。

匠と父親が残されたそこに、ピューっと冷たい風が吹いた。

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