ちゃらんぽらんじゃなさそなプチ小説 1.出会い

1.出会い

鏡に映る私…たぶん私であろう私。
過去はすべて捨てた。
いや。違う。これから過去がすべてになりそこで私は生きる。

新緑に彩られた木々たちのお陰で、なんとなく暗い雰囲気を漂わせる図書館が、葉の隙間から程よく光射すいわゆる癒しの空間になる。
ここが、多忙な新米医師、匠の好きな場所だ。

ここで気の向くまま、ひとりではないなと分かるくらいの心地よい小さな雑音を聞きながら本をめくるのが彼の休日。
「あー。このまま一ヶ月、いや一週間でもいいからここで過ごしたい…。」

「や、やめてくだい。」
「は?何言っちゃてるの?」
「いーじゃんちょっとだけ付き合ってよ。」

匠が座っている机からかろうじて見える本棚の隙間から、か細い女の声と声からもチャラさが溢れ出る男の声。

おいおいおい。
まじでやめて欲しいんだけど。
この空間にひたらせてくれよ。

揉め事は近頃避けているが、自分の時間を持っていかれてることがたまらなく腹ただしい。ので言ってしまった。

「うっせーんだよ。」

気がつきながらも、見て見ぬ振りをしていた周りの人間たちが、声にはださないざわめきと、自分には言えなかった言葉を口に出した匠への期待をあらわにした。

「あ?なんだとテメー!もう一回言ってみろや。」

男が本棚から匠の机の方に、鋭く睨みつけながら近づいてくる。

あ まじか!想定外にデカイ。
高校くらいまではやんちゃな毎日で、このくらいの重量級でもひるまなかった。
が…急に目の前から明かりが消え、昼間だったはずの今が突如夜になったかのようだ。
そう。そいつは図書館の電気も、窓から射す太陽の光も遮るほどとにかくでかい図体が目の前に立ちはだかった。

「塗り壁かよ」

しまった。声に出てしまった。

周りの熱い視線は急激に熱を下げ、皆不自然に時間を戻し、見なかったことにしている。

「なんだと?」言い終えないうちにグローブを着けているかの様なご立派な拳がフリーホールのごとく匠の顔めがけて急降下してくる。

ゴッ。

鈍い音と同時に倒れ込んだ。

のは、匠ではなくチャラデカ男

あ、やべー。逃げよ

匠は椅子に掛けていた上着のなかに、机に広げていた荷物を素早く包み込んで、一目散に走った。

とりあえずこの場を離れよう。

まぁ塗り壁男はそのうち目が覚めるだろう。
急所は外したし、力の抜き方はわかってる

あの場にいたギャラリー達に、あ あの人…とゆび刺されない距離くらい離れようと、匠は走った。

よし。ここまで来れば大丈夫だろ。

少々運動不足で、息があがる。
ひとまず、大きく深呼吸して、呼吸を整えた。

あ やべ 夕方姉貴に飲み会のアッシーやれって言われてるんだった。

めんどくさっ。何時だっけ?
匠は俺風呂敷に転職かよ?って突っ込んできそうな、荷物一式丸め入れられた上着のポケットをなんとかたどり、携帯を探った。

あれ?ないな。
まさか 落とした?
もしかして! 図書館ならなおまずい
まじかよ。もどる?いやいや無理でしょ

あーもーサイアク。
思わず脱力して地面に座り込み、空を仰ぐ。
あーまいったなー
今日は太陽がなかなかの攻撃力で匠に照りつける。

まぶしっ。

「あのっ!すみません。」

太陽で目をやられて顔が見えないが、息を切らせながら、女の声で誰かが俺に話しかけてる?

太陽と匠にの間に、そいつが入って、匠の目が回復してきた。

あ。図書館の女。
塗り壁に絡まれてたあの彼女だ。

「すみません。これ。」

匠の携帯だ。

「それと、さっきは本当にありがとうございました。」

深々と頭を下げ、申し訳なさそうに少し怯えた表情で匠の顔をみる。

うわっ。可愛い…

俺はこんな可愛い子助けたの?

まじか。さっきは本棚に隠れてて声しか聞こえなかった。顔見て助けたわけじゃない。
だから決して下心があったわけじゃないぜ。

いやーでも、助けてよかったかも。

「あの、すみません。大丈夫ですか?」

もろタイプな可愛いけど、どこか凛とした顔立ちの美人、そしてなんとなく落ち着きを感じる大人っぽい雰囲気。少し年上だろうか。
そんな彼女の空気に吸い込まれていた匠が我にかえるには数秒かかった。

「あ はい。大丈夫。
携帯ね。そう。いま探してたんだ。
あ ありがとう。」

なんだよ。どもっちまった!
恥ずかしっ。

動揺を悟られまいと、彼女の手から携帯をかっさらった。

あ 手が触れた。
ドッドッドッドドキドキドキドキ✖️2倍速

おいおい。そんな心臓高鳴っちゃう?
落ち着けー落ち着けー

「あ、サンキューな。じゃ」
目一杯カッコつけて立ち去ろうとしたその時。

「ちょっと待って!」

えー、いま呼び止められた?
なになになに?俺だよね?

思わず両端があがるこの口。
下がれよ。にやけてるみたいに見えるじゃないか。

この胸の中でリズミカルに跳ね飛び回るハートを隠しつつ、無表情な仮面を被った顔で振り返る。

「あの。わたし…ほんとに助かりました。
 なので。そのー お礼にごはんでもいかがですか?」

よっしゃーっっ!
まさに今数10秒前に期待した展開そのもの。

「あ、いーよいーよ。礼なんて。
 たまたまだから」

「いえ。たまたまいた他の人達は誰も助けて
 くれなかった。
 あなただけでした。
 あ、でもこの後予定とか、ありますよね?」
 
 あー姉貴ーっ。なんで今日なんだよ
 俺の運命の時を邪魔する気か

「あーそんなんだよね。姉貴に用事頼まれてて。
 マジ残念…あ いや その…。」

 思わず本音が声に出てしまっていることに気がついて、一気に顔が赤くなっていくのが分かった。

「じゃー今度!もしご迷惑でなければ、LINE交換してくれませんか?
そしたら連絡して、ぜひお礼をさせてください!

だめ。ですか?」

うわ。マジ可愛い。
おねだりじゃん。

「お礼は、ほんといーんだけどな。
 ま とりあえずLINE交換ね。
 えっとーフルフル?QR?」

2人で道端フルフルして、とりあえず解散。

「LINEしますね!」

久々に感じる胸の高鳴り。

匠は数年恋をしてなかった。

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