ちゃらんぽらんじゃなさそうなプチ小説 11.揺れ動く気持ち

付き合って初めての週末は、なかなかいぃ雰囲気できている。
まずは、腹ごしらえという事で駅駐車場に車を停めて、近くにある小さな店だがこだわり料理を提供すると言うロシア料理屋に向かっていた。

ここのピロシキが絶品だと、おばちゃん看護師に教えてもらったのだ。駐車場がないから、駅から歩いて行くなんて、1人じゃ絶対行かない立地だが、沙耶と歩くこの時間もまた、きっと楽しいに違いない……そう想像してこの店を選んだ。

匠の心は嬉しさとほどよい緊張で満たされていた。

沙耶はと言うと……匠が握る手のぬくもりから、沙耶への気持ちが伝わって来て……嬉しかった。

ただ、それが、復讐への期待の思いからなのか、それとも……。

なんだか罪悪感を感じるのは何故なんだろう。

沙耶は自分の心が自分の物ではないような、そんな気持ちだった。

「あと五分くらいで着くと思うよ。」

「はいはーい。こちら側に寄って、ポールの向こう側を通ってくださいねー。」

ヘルメットを被って、誘導棒をゆらゆら動かす工事現場のおじさんが元気にお仕事している。

匠は、そんな姿さえ、なんだか楽しそうに見えるのは自分が幸せだからだろうか。と、ふっと笑った。

ビルのひとつが、外壁工事らしく、ポールで少し迂回する歩道が出来ていた。匠と沙耶は工事現場のおじさんに従って、そこを通り過ぎた。

「あそこ曲がったらあるみたい。」
「意外とすぐだったね!ちょうどお腹も減って来たし。」

なんとなく2人とも早歩きになって、笑った。

ガラガラガラガラ

突然何かが崩れるような大きな音がして、匠と沙耶は後ろを振り返った。

中年女性と、中学生くらいの男の子の姿を見た瞬間

ガッチャーン

2人の姿が見えなくなった。

「きゃーっ!」
「おい!大丈夫かぁ?」

周りを歩いていた人たちが悲鳴を上げる。

砂埃で現場の状況がよく見えない。

「誰か!誰か助けてください!」
次第に視界が開けたそこには、目を疑う光景が見えた。

工事現場の足場が上から落下したのだ。

さっき一瞬見えた、中年女性の姿が見える……が、女性は気が狂ったように叫んでいた。

「助けて!助けてください!」

女性の視線の先には、横たわる人らしきものが見える。

匠と沙耶は叫び声から想像する残酷な光景が、そこに近づくにつれて現実となっていく事に足がすくんだ。

恐らくさっき女性の隣に歩いていた男の子に、大の男衆が乗ってもびくともしない頑丈なその足場板が直撃したのだ。

上半身に被さってしまった足場を、そこにいた人たちが懸命に持ち上げ男の子の身体を出したが、あらわになった男の子の姿を見て、皆目を覆った。

「僕は医者です。みんな下がって!」
匠はすぐさま男の子に駆け寄り、救急車呼ぶように指示しながら、少年の顔を見て、匠は言葉を失った。

これは……。

医者でなくても、一瞬で分かるような絶望的な状況だった。

「お願いします!助けてください!この子を。
 お願いします。」

母親だと思われる女性が、匠に泣き叫びながらすがる。

匠は、ハッと我に返り、自分に落ち着けと言い聞かせ深呼吸をした。

「お母さんですか? この子の名前は?
 とにかくできる応急処置をするしかありません。」
 
「お母さんの声を聞かせて、励まし続けてください!」

「彼が諦めないように!しっかりと」
 
匠は今自分が出来る、とにかく、出来る限りの応急処置をして救急車を待った。

幸いにもすぐ近くに消防署があり、救急車はすぐに来たが、待つ時間は何時間にも感じた。

救急車を見送る沙耶の足はガクガクと震えていた。
あの母親の事を想うと、胸が締め付けられて苦しい。

手術は10時間にも及んだ。
匠は少年の命をなんとか繋ぎたくて、必死に手を尽くした。

手術中の点灯が消え、手術室の外で待つ母親の前に匠が最も信頼する脳外科医の高野と、助手を務めた匠が厳しい表情で立つ。

「手術は終わりました。
 しかし、大変厳しい状況です。」

「このまま、目を覚さない可能性が極めて高いでしょう。」

母親は声も出ず、力なく床に崩れた。

溢れ出て止まらない涙があっという間に床を濡らした。

匠もまた、悔しさに握った拳が震えていた。
目は真っ赤になり、必死に堪えてる様子が遠目からでもわかる程だった。

気になって駆けつけた沙耶は、母親の様子を見て状況を察した。
胸が締め付けられ、息が苦しい。
あの日の光景が頭の中を猛烈なスピードで駆け巡り、目が回る。
耳が聞こえない。
意識が遠のいていく中、匠のその姿をみた。

人を死に追いやったあなたに、命の尊さが分かるの?
それとも、医者としてのプライド?

沙耶は落ちそうになる膝を必死で奮い立たせ、その場を去った。

あの子は、、、匠、あなたに殺された。
この事実を突き止めてからずっと、あいつだと確信して憎んできた気持ちが、匠と過ごす時間の中で、本当に匠が?と沙耶の気持ちを揺さぶっていた。

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