ピコン
『週末会える?紅葉見に行きたいな。』
「紅葉ね。いいねー沙耶さん!」匠はひとりぶつぶついいながらLINEを即座に返した。
『いいねー!どこの紅葉?探しとく?』
『見たいとこあるの!ここ↓』
木々が赤や黄色に染まり、渓谷にはSLが橋の上の線路を走っている風景画像が送られてきた。
おーいいじゃんいいじゃん。
これは絶景だ!
匠は沙耶からの珍しくアグレッシブな誘いにウキウキしていた。
沙耶はどちらかと言うと、相手の意見をまず聞いてから自分の意思を言うタイプ。
だから匠は、沙耶がどちらとも選べるように聞き方を気をつけるようにしてた。
だから、今回みたいに自分から積極的に言ってくれるのも新鮮だし、自分のことを信頼してきてくれている気がして、なんだか嬉しい。
『超きれーじゃん!楽しみだ!』
『山道平気? 私酔いやすいから運転するね?』
『そうなの?俺は平気だから、じゃ、そうしよ。
ゆっくり行こうな!』
沙耶に運転させるのは少し気が引けるが、酔うのは辛いからな。
疲れたら休みながら行けばいいか。
そんなやりとりをしていたら、あっという間に昼休みが終わってしまった。
「また携帯みてニヤニヤしてるんですかー?
あーいやらしっ。」
そう言いながら匠をからかいに近づいてきたのは杏。
「そーやってデレデレ考え事してるから、事故ったりするんじゃないのー?しっかりしてくださいな!!」
「デレデレなんていつ誰がしたよ?あーうっさいうっさい。
もー昼休み終わんぞ。はよ戻れ。」
そう言ってその場を早歩きで立ち去った。
「ふん!まじムカつくわー。人に心配ばっかかけて。」
ってか、心配しなきゃいーのに。なんでいちいち気にするのよ?私。
あー馬鹿馬鹿しい。
ブチブチ言いながら職場に急いだ。
その声が割と大きくて、周りの人達が不思議そうに見てすれ違ったが、杏はあまりそう言うのは気にならないたちだ。
それでも何故か杏を待ち構えているかのように立ちはだかる、5メートル先のおじさんに気がついて、スピードを緩めた。
良く見ると。匠の父親だ。
普段の制服ではなく、私服だったので分からなかった。
なんだか、普通の優しそうな、品のいいおじさんに見える。
「おじさん!どーしたんですか?珍しい……。
まさか、どこか具合が悪いとか?」
「いやいや、私はいたって健康だよ。」
「あ、じゃ匠に?」
「……違うんだ。君に聞きたい事があって。」
「え?私に?」
「でも、もう仕事だよな?」
「あ、大丈夫です。この後書類まとめる時間にしてるんで。なんとでもなるから。」
ふたりは病院の庭をゆっくり歩いた。
「最近、匠はどうかね?なんと言うか……。体調もそうだが……。」
なんとなく聞きたい事は察しがついた。
恐らく、杏が匠に好意を持っているんじゃないか……ということも含めて、そっちの方面について聞きたいんだろう。
まぁ、そりゃ匠は言わばぼっちゃん。親としては色々と大人の事情としての心配もありますよね。
我が家もそうだから良くわかるが、言っていいのか?
そう迷っていると、父親の口から予想外の質問が投げられた。
「あの娘とは、いつから……その……そう言う仲なのか知ってるかい?」
えっっ?知ってるの⁉︎ あーいや、知らないから聞いてるのか。
でも存在は知ってる……。
どういう事?
杏の頭の中は突然?マークが訪ねて来たと思ったら、すべて埋め尽くされて、?同士で絡みあってますます?が、複雑になっていた。
「あ、えっと、私もあんまり知らなくて……。」
「すみません。」
おじさん、彼女と会ったことがある?
でもよく知らないってことは紹介はされてない?
私はどういう立ち位置で行けば?
とか、色々考えたあげく言った。
まぁ、実際あんまり知らないし……な。。
「そうか……。」
杏なら知っているし、性格的に隠さず言ってくれると思っていたようで、期待外れだった感は容赦なく出ていた。
「あの娘……前に会っている気がするんだ。」
「え?」
「君は?」
「ないと……おもいますけど。」
警視総監の眼差しは、私服で和らいだ雰囲気の中にも衰えず、頭の中の記憶にまで覗き込むように、静かではあるが鋭く杏に向けられた。
ちょっとやそっとのことでは、なかなか怯まない杏だが、あまりの威圧感に思わず後退りした。
「そうか。すまなかったね。忙しいのに。」
そう言って少しだけ表情を緩ませて去って行った。
「私も会ったことあるって言いたいのかな?」
記憶の糸をたどろうにも、どの糸をどのくらいさかのぼってみたらいいのかも全く検討がつかなかった。
「あーなんかモヤモヤする!」
思いっきり深呼吸して、目を閉じて空を仰いだ。
真っ青な、空に一筋の雲が見える。
「飛行機?」
飛行機…なんか、ひっかかるな……。
ドンっ。
「あ。ほら。ぶつかった!」
「ごめんなさいね。走っちゃダメって言ってるんですけど、、」
空を見上げて立ちはばかっていた杏に、子供がぶつかったのだ。
「いえ。こちらこそ、すみません。私がこんなところで立ち止まってたのがいけないんで!」
杏は親子を見送った。
「ん?」
立ち去る男の子のズボンに飛行機のアップリケ。
杏の脳裏に思い出したくもない記憶が一瞬にして浮かんだ。
そう。ヒロのアップリケ。
狂ったように泣き叫ぶ母親。うなじから覗く、首筋のアザ。
匠が事故を起こしたあの日の記憶。