ちゃらんぽらんじゃなさそうなプチ小説  39.悲しい伝達

はぁーっ。
匠はため息に似た深呼吸を深くして、沙耶の病室へ向かった。

ほんとに忘れてるのか?
それとも、受け入れられなくて忘れたふりをしてる?

沙耶の気持ちを考えると、病室へ向かう足も前に出る事をためらう。

どう伝えればいい?

沙耶が妊娠を話してくれた時、喜んだ俺に向けた笑顔。

会うたびに見た、何気ない瞬間にもおなかを愛おしそうに撫でる優しい顔。

小さな子供を連れた親子の様子を見て、ほころぶ姿。

沙耶がどんなに大事に思っていたかが、手にとるようにわかっただけに、匠の心は痛すぎた。 

「ごめんなー守ってやれなくて。」

匠の目は涙を必死に堪えていたが、まばたきをひとつでもしたら大粒の涙がこぼれ落ちそうだった。

ガチャ。

泣きそうな顔をなるべく自然に平静に無理やりもどして、大きく深呼吸。

「沙耶、あのさ…。」

ん? いない? 

え? どこ行ったんだ?

沙耶は、病院を出て家に向かっていた。

『子供?』
『何のこと?ヒロのことは誰も知らないはず。』

考えても考えても、何のことかわからない。

でも…何か引っかかる。
もしかしたら、家に帰れば何か分かるかも。
そう思って病院を抜け出した。

身体が気だるくて、マンションの階段がいつも以上にキツい。
早く部屋に行きたいんだってば!

重たい足を苛立ちを感じながら動かして、何とか部屋に着いた。

「何か思い出せる?」

部屋をぐるっと一周見渡す。

でも、目に止まったのはヒロの写真だけだ。
沙耶は写真たてに手を伸ばそうとした。

カタッ。

ヒロの写真たてが倒れて、その後ろに入っている胎児のエコー写真が見えた。

『?ヒロの?こんなところに入れたっけ?』

撮影日は数ヶ月前。ヒロのじゃない。

ズキン。

またこめかみに強烈な痛みが走った。
あまりの痛さにしゃがみ込んで目を瞑る。

「んーっ。」苦痛に顔をしかめたが、フッと突然背中を突かれたような感覚があったかと思ったら、スローモーションで沙耶の頭に忘れていた記憶が、映画のエンドロールみたいにして映しだされていた。

検査薬の陽性の線。

匠の喜んだ笑顔。

エコー写真を見た時の自分の感情。

胎動を2人で共感した瞬間。

日に日に大きくなるお腹。

そして…あの日。河川敷で倒れた時。

全ての記憶が鮮明に甦った。

たしかに、いた。ここに。

「いなくなっちゃったって事?」

涙がポロポロ、ポロポロとこぼれ落ちる。
自分でも驚くくらいに、次から次へと。

復讐の道具としか思わないはずだったのに。
悲しくて、申し訳なくて、守れなかった自分が情けなくて。

涙が止まらない。

「ごめんね。ダメなママで。」

ガチャ。
沙耶が音のした方を見ると、匠が、ただ佇んでいた。
目を真っ赤にして、口をへの字にして。

「俺こそ、ごめんな。」
匠が駆け寄って、沙耶を抱きしめた。
「ほんとに、ごめん。
守れなくて。何もできなくて。
生まれてきたかったよな。
抱っこして欲しかったよな。
、、。生きたかったよな。」

あーん。2人で声をあげて泣いた。
一晩中泣いた。

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